今回の記事では、ドイツ歌劇場で働く専門職から『舞台監督』のご紹介をしたいと思います!
皆さんは「キューを出す」という言葉を耳にしたことがありますか?
きっかけとして送られる合図のことを、舞台用語で『キュー』と言います。テレビなどの撮影現場でも、「本番5秒前…3、2、1、キュー!」と始まる合図をディレクターさんが出しますよね。
劇場では、舞台監督という方が様々な方にその『キュー』を出し、本番が進行してゆきます。
舞台監督のキューなしに、舞台の幕は上がりません!
それではいってみま、しょうっ!!
Inspizient = 舞台監督(インシュピツィエント)
舞台監督は字面の通り、舞台の監督責任者で、舞台の進行役です。舞台裏の指揮者とも呼べるのではないでしょうか。
舞台の幕を開ける。照明をつける。舞台転換を行う。そのひとつひとつ動作自体は各担当者が行います。
しかし、事前に注意を促し実行の指示を出すまでの全てを、この方が執り行っているのです。
劇場関係者の間では『ブタカン』などの略称で親しまれています。
舞台裏のお仕事、そこで起きるてんやわんやなコメディやドラマを老若男女問わず知ってもらうため、『ぶたかんっ!』といったアニメがそろそろ放映されてもいいんじゃないかなと筆者は思うのですが。どなたか制作しませんか?笑
舞台監督専用のデスク
ドイツ歌劇場の舞台袖の片側には、『Inspizientenpult(インシュピツィエンテン プルト)』と呼ばれるデスクが設置されています。
多くの劇場において音響・照明や舞台装置(ギミック)係は、舞台の上下左右、客席後方または両端といった様々な場所から操作しています。その方々に、以下の写真のような特別なデスクから遠隔指示を出しているのです。
日本の舞台袖にも同様に、指示用のスイッチが沢山ついた壁がありますが、それがこちらでは舞台監督専用のデスクとなっています。
写真でイメージが湧いたところで、ご説明を致しますね。
ぱっと見の外観はさながら秘密結社のアジトや宇宙船内部のような、少しSFちっくな印象ですよね! ちょっと童心がくすぐられます。笑
デスク自体には一か所に固定型や、キャスターがついて移動させられる独立型があります。うちの劇場は固定ですね。
モニターもここでは分かれていますが、中には埋め込み式のものもあります。劇場によってはモニターが数個備え付けられているところも。
最新式ですと舞台上はもちろん舞台裏までもを映したり、カメラの視点を動かしたりズームすることも可能で、様子がより良く把握できるようになっています。うちのはやや古いですね。笑
次は天板部分。ここには何もありません。写真のように舞台監督の、キューがびっしり書き込まれた楽譜やメモなどを置く場所です。
そして沢山のスイッチがずらりと並んだ背面。赤色のスイッチは音響・照明係やその他技術者が目印とする各地のライトと連動しています。演者のための出入りのキューになることも。
白色のスイッチは、アナウンス用です。スイッチ群の右上にグースネック型マイクロホンが見えますよね。スイッチを長押ししながらこのマイクに向かって喋ることで客席、楽屋やスタジオ、更には社員食堂までアナウンスが可能です。本番中は休憩直前など、食堂スタッフが臨戦態勢に入れるようにアナウンスを入れたりもします!笑
本番中、担当者にキューを出すときは白と赤のスイッチを同時に駆使していきます。各々の手元のトランシーバーやヘッドホンなどへと繋がっているアナウンスと、目印にするライトでダブルチェックしながら準備に入り、スイッチを再度押してライトを消灯。その消灯をきっかけとして、アクション実行に移るのです。
はい、そうです……この説明でお察しの通り、まるで右手で円を描きながら左手で三角を描くような! 指がこんがらがってしまいそうな作業ですので、このデスクの取り扱いに慣れている方だとしても、新しい作品に取り組む際はうまく調整しなければなりません。
短気な演出家が舞台リハーサルの初めから「なんで! うまく! いかないんだ!!」と憤慨している光景もたまに見かけますが、舞台監督や技術者にもタイミングを合わせる練習は必要です。ご自身がドイツ語を喋りながら日本語で字を書き、足はバレエのステップを踏むくらいのことは同時にやってのけてから仰ってほしいですね。
舞台監督の仕事
劇場の舞台監督の一番の仕事は、演出家や舞台美術担当者などが提示する作品の舞台を、舞台装置係や音響・照明といった技術者と連携しながら作り上げること。そして本番を機能させることです。一言にまとめてしまいましたが、微調整はとても骨の折れる作業です。
日本の舞台監督とは、仕事の範囲が若干異なるようです。
たとえば舞台セットの組み立てやバラシ(撤収)も、日本では舞台監督の管轄だと聞きます。しかしドイツの劇場では技術監督や技術者リーダーがいらっしゃるので、舞台監督は本番が終われば(報告書に本番の概要を書き込みだけして)さっさと帰っていきます。
逆に筆者が「そんなところまで仕事なの?」と感じさせられるのは、各方面に細かくスタンバイを促すアナウンスをしなければならないこと。
長丁場の作品などは特に、出番のない演者や技術者が、楽屋や食堂で待機している場合があります。スタンバイの指示が抜けると自分の出番をうっかり逃してしまう人もいます…。
けども皆さん平謝りなんてしませんよ。
ってなものです。うん、上記のやり取りは「これぞ劇場!」ってかんじの素晴らしい出来栄えですね、我ながら!笑
厳格で生真面目そうなドイツのイメージとはやや離れているかもしれませんが、この国では「人間なんだからミスぐらいする」がモットー。
本番中、来るはずのスポットライトが当たらず疑問を抱きながら踊っていたら、照明の方が袖からどんがらがっしゃん派手な音を立てて頭上の回廊に昇っていくというハプニングが…。なんてことはほんとに、割と頻繁に起こってるんです。まあ笑いごとじゃないんですけどね。笑
筆者も自分のミスは(たとえ自分で許せなくても他の人には)許してもらっていますし、それに誰かのミスを、皆で機転でカバーしてその場をきりぬけるのが楽しくあったりもします。
同じ舞台は二度とない、とはよく言ったものですが、ミスと思われたものが逆に面白くなったりもしますので、ハプニングも悪いことばかりではないですね。
舞台監督に求められるスキル
このように舞台監督には明確な指示力や、一度に多くのことを冷静に同時進行するマルチタスク能力がとっても重要。舞台では想定外のハプニングがつきものですが、それに対し冷静に対応できるかどうか。つまり肝が据わっているかも重要なポイントだと私は思います。
ドイツにある舞台芸術の大学などで一通りの知識は学べますが、特別な資格が絶対に必要なわけでもありません。現に引退したバレエダンサーなどもよくこの職に就いています。舞台の流れは把握しているので、あとは足りない知識や経験を、お勉強で補っていらっしゃいます。
オペラなどで音楽的なタイミングを考慮された演出ですと、楽譜や多言語も読めないとかなり苦労します。
なお演出家の要求という名の無茶ぶりと、首を横に振る技術者の間を穏和に取り持つコミュニケーション能力もあれば、ステキのムテキです。
筆者の元同僚であるバレリーナが舞台監督にジョブチェンジ(異動)し、慣れてきた頃に楽しいかどうか尋ねてみたことがあります。
一夜の出来いかんが舞台監督の手に委ねられているわけですから、責任も重大ですし、ダンサー時代よりプレッシャーもあるのではないかと。
するとそのお友達、片ほほを吊り上げてこう言いました。
「全てがこの手中にあって支配してるかんじが、たまらない…」
…な、なるほど。笑
ですのでこのお仕事、支配欲の強い方、神様気分を味わいたい方は向いていそうです!
まとめ
いかがでしたか? あっ面白いな、『ぶたかんっ!』アニメ化しないかなと感じてくれた方はいらっしゃいますか?笑
筆者の劇場専属バレリーナという立場から、舞台上・裏方に事務という裏の裏まで! たのしい同僚たちをご紹介していますので、よければぜひぜひ他の記事もどうぞ。
ゆっくりしていってくださいね~! それではまた!
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