こんにちは! ドイツの劇場でバレエダンサーとして働く、筆者の川端(@ChihoKawabata)です。
今回の記事では、ドイツ歌劇場で働く専門職から『ヘアメイクアーティスト』のご紹介をしたいと思います!
ヘアメイクとは、ヘアスタイリング+メイクアップの略称。となればヘアメイクアーティストは「整髪とお化粧のプロ」です。…ってこれじゃちょっと堅っ苦しすぎますね。笑
出演者のかんばせに、芸術のエッセンスを加えて舞台へと送り出してくださる方々のことです!
映画やファッション、メディアといった表舞台から、ブライダルやヘアサロンなど身近なところでも活躍するヘアメイクアーティスト。彼らはサロンで雇われていたりフリーランスだったり、雇用形態は様々とは思いますが、ドイツの劇場では専属であるケースが一般的です。
劇場の舞台裏がどんなふうになっているのか、今回も筆者の劇場の写真をまじえてお送りしますね。
それでは早速、いってみましょう!
Maskenbildner(マスケン ビルドナー)=ヘアメイクアーティスト
ドイツ語でヘアメイクアーティストは『Maskenbildner(マスケン ビルドナー)』と呼ばれます。ビルドナーは今後ご紹介していく他の専門職でも頻繁に使われる言葉ですが、「形成者」という意味があるのです。マスケをかたちづくる人、ということですね。
マスケには仮面という意味も含まれますが、そのままヘアメイクを指す言葉でもあります。ですから舞台前にヘアメイクを施すことを私たちは「マスケをする」と言ったり、ヘアメイク室に行くことを「マスケに行く」とも表現します。
ささっ。出し惜しみするのもなんですし、筆者の職場では実際にどんな感じなのかを見てみましょう!
あっ、よく見たら上の棚に積んである箱に『Chiho』って書いてあるぞ…! きっとヘアアクセサリーなんかを入れてあるんでしょうね。
丸いライトの並ぶ女優ミラーを期待されていた方には申し訳ない。うちでは割とこんなふつ~のデスクが並んでいます。
出演者がヘアメイクをしてもらうことはもちろん、普段はヘアメイクさん自身がここでウィッグ(かつら)等の小物を作ったりといった作業も行います。
せっかくなのでアップも一枚。
いや~、さすがプロの現場。メイク道具は種類豊富ですね~! 「弘法筆を選ばず」という言葉もありますが、見た限りでは厳選されてます。
パレットやドーラン(舞台用ファンデーション)はどの劇場でも、プロ御用達のドイツ発ブランド『Kryolan(クリオラン)』で調達することが多いようです。あとはコスメ見本市に赴いて調達したり。その他マスカラやリップライナーなど細々したものは、様々なプチプラブランドを試されているみたい。
マスカラといえば、つい数か月前から、私たちひとりひとりに専用の化粧ポーチが配布されました。衛生面を考慮してのことです。
出演者が肌に直接触れるメイク道具をシェアすることはよろしくないなということで、スポンジや筆などが入っています。これはコロナ禍以前から考えられていたことでしたが、結果的にすぐ実行に移せたということです。
ヘアメイクにかかる時間
ヘアメイクには基本的に、とても時間がかかります。
工程が少ない場合――たとえば男性が最低限の化粧+髪を少し整えるだけというなら、10分程度で済みます。女性は化粧の工程が増えますので、髪型がシンプルなものだとしても20分ほどかかるでしょう。
ここへ以下のような特殊な要素が加わるほど、所要時間は長くなっていきます。
- ウィッグ
- 複雑な髪型
- ヘアアクセサリー
- つけ毛・つけ髭
- 濃いメイク
- 特殊メイク
- 舞台用マイクロフォンの装着
長いときには、1時間もかかってしまいます。月に代わっておしおきするセーラー戦士のように「メイクアーップ!」の一言で瞬く間にヘアメイクも衣装もできあがる…というわけではないのですね。笑
勤務時間について
公演日とそれ以外では、ヘアメイクアーティストの勤務時間や勤務内容はがらりと変わってきます。
まず公演日の勤務時間ですが、舞台が始まる何時間も前に来て、終演してからも出演者の髪をほどいたり使ったものを片したりといった作業があるのでかなり長くなります。
先ほどの項目でヘアメイクは出演者ひとりにつき短くて10分程度から、長ければ1時間かかるとお伝えしました。
では出演者の数だけヘアメイクアーティストが用意されているのか、というとそうではなく、数名のアーティストが分担して出演者を順にさばいています。ひとりにつき平均3~5人を受け持ちます。
「えっ? 出演者ひとりに1時間もかかるとしたら、もしかしてかなり長丁場になるのでは?」
という声が聞こえてきそうですね。笑
その通り。長い場合ですと合計およそ3時間もかかります。オペレッタ等の作品で歌手・合唱やバレエ、演劇の部門がわんさか一堂に会するようなケースがそれにあたります。
幕が上がって3時間も休憩なし、ぶっ続けで踊り続けたり歌い続けたりといったことはできませんが、ヘアメイクさんはそれをやってのけているわけです。そう考えるとすごいですよね…!(ヘアメイクさんには「私なら1分たりとも舞台に上がるなんて無理よー!」なんて笑われてしまいましたが…)
ちなみにバレエの場合…
女性は髪を結ったり舞台メイクをしたりということに、比較的手慣れています。
どうしても手が足りないときは、簡単なシニヨン(お団子ヘア)やシンプルなナチュラルメイクくらいなら、各自でするよう頼まれたりもします。ナチュラルといっても舞台用なので、ちっとも自然ではないのですけど。笑
時間短縮のため髪だけヘアメイクさんに結ってもらって、ダンサーが各自でメイクをするのが通常、という劇場もあります。筆者の以前の職場がその例です。ソリストと希望者(どうしてもできないのでやって下さい!って人)以外は、割に思い思いのスタイルでお化粧をしていました。メイク道具は、置いてあるものを使わせてもらいます。
現在の職場ではメイクの、ひいては舞台の『統一感』を出すため、全員ヘアメイクさんたちに一任することになっているらしいです。
上演中でも、髪型やメイクを替えるためにあまりのんびりしていられない作品もあります。以前書いた『ドイツの歌劇場付きバレエ団の現在』の記事内でもちらりとお話ししましたが、下手をすれば間に合わないかもしれない早着替えで、一緒に戦ってくれる頼もしい仲間です。
また、オペラには上演時間が3時間を超えるような作品も多々あります。昨今では曲をカットすることも多いとは言え、4~6時間の長丁場になることもありますので、公演前後を含めるとすごく長くなってしまいます。
公演日の勤務時間を軸に、普段の勤務時間を調整していくというわけですね。
普段の業務内容について
では本番がないときヘアメイクアーティストは、どんなふうに過ごしているのでしょうか。
新しい作品のための打ち合わせ
新作に取り掛かるときは、作品の衣装とヘアメイクを担当する『Kostümbildner(コスチューム ビルドナー)』さんとの打ち合わせがあります。
おやっ、『ビルドナー』が再び出てきました。この場合は制作者というより、デザイナーのことですね。美術イメージを提案する方のことを指しています。
コスチュームデザイナーは、衣装のことは衣装係の方々と、そしてヘアメイクのことはヘアメイクアーティストと連携してイメージの実現を図ります。時間や技術的に妥協しなければならないことがあっても、そこはさすがのプロ同士のお仕事。思いもかけないアイデアでカバーできることも。日頃の経験値と想像力がものを言います。
新作の仕事量が少しずつ見えてくると、今度はヘアメイクアーティストのチーフが主だって仕事を割り振っていきます。必要なものを揃えたり、本番時の出演者のヘアメイク計画表などを作ったりですね。
ヘアメイク計画表は「出演者の誰が開演何分前にヘアメイクに来るか」を一覧にしたもの。もちろんぶっつけ本番ではありません。初演の前には必ず数回はヘアメイク付き舞台リハーサルがありますので、そこから本番を迎えるまでに適切な時間に調整していくのです。
ウィッグや髪飾り、お面などの小物などを作る
作品に使用するウィッグ、つけ毛や髪飾りに、仮面舞踏会ちっくなアイマスクやお面などの手配をします。
これらは(特に数が多い場合は)市販のものを購入し、加工して使うこともありますが、なんとヘアメイクさんが一から制作することも!
ウィッグやつけ髭は、目の細かいネットのような生地に毛を植え付けていく地道な作業…。それをちゃんとした髪型に整え、崩れるまで使いまわすというかんじ。
フルフェイスのお面制作過程での一コマもありますので、ちょっとホラーなんですけどぜひご覧ください。
これで完成じゃないですよ!笑 型取りの段階です。お面についてはまた別個で詳しい記事を出したいと思います♪
完成品は初演が済んでいない(コロナで延期になった)のでまだ掲載はできませんが、そのときを楽しみにお待ちください。
なにがなんだかよく分からなくて反応に困る、こんなお面もあるよ!
ちょっと厄介な職業病
ヘアメイクアップアーティストは、特にメイク時には長時間、奇妙な体勢をとり続ける職業です。
(ライトをあてるため)鏡に向かって座る出演者の脇から「上体を乗り出し+変にひねる姿勢」を保つので、背骨が湾曲してしまう方が多いのだとか。
利き手の関係から、反対側も同じようにしてバランスを取るというわけにはいきませんね…。整体などに通っても、結局同じ姿勢で仕事をするので、直すのはなかなか難しいそうです。
筆者の同僚のヘアメイクさんには、やはりヨガで左右均等の体を目指している方もちらほらと!
ヨガには他にも沢山いいことがありますよ。こちらのヨガに関する記事もぜひ併せて読んでみてくださいね。
劇場のヘアメイクアーティストになるには?
ヘアメイクアーティストになるためには、ヘアメイクの専門学校で学ばれる方が大半だと思います。
しかしドイツのいくつかの劇場には『Praktikum(プラクティクム)』という職業研修制度が設けられています。日本でいうインターンシップですね。低賃金で雇われながら、仕事を体で覚えていくものです。
筆者の同僚にも、そこが入口だった方が実際にいらっしゃいますよ。うちの劇場で修行し、そのまま就職というパターン。
他にも、「以前は薬局で働いてたのよ~。でも別のことがしたくなって!」なんて猛者も! なかなかパワフルに人生の舵を切りましたね。笑
皆本当にいきいき楽しそうに働いているので、「ヘアメイクが大好きだー!」って方の集まりなんだなぁと感じさせられます。
まとめ
いかがでしたか?
歌劇場で働くヘアメイクアーティストについて語られることはあまりないように見受けられますので、ご参考になればと思います。
私たち演者の顔や髪には、ヘアメイクアーティストの丁寧な作業が詰まっているんですよ。今度舞台を観にいらっしゃるときは、そんなところも気にして観ていただけたら嬉しいです!
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